「今この瞬間を生きることが、あなたの長所です」 「もっと今ここに集中しましょう」
ADHD(注意欠如・多動症)の方は、こうしたアドバイスを受けたことがあるかもしれません。一見ポジティブで優しく響くこの言葉ですが、実は多くの問題を引き起こしている可能性があります。
本記事では、ADHD当事者に対する「今ここ主義」の危険性と、本当に必要な視点の転換について解説します。
目次
ADHDの本質的な課題:「今しか見えていない」問題
ADHDの特性が生む困難
ADHDの方が抱える課題の多くは、まさに「今しか見えていない」ことに起因します。計画性の欠如により将来のことを具体的にイメージできず、過去から学ぶことも困難なため同じ失敗を繰り返してしまいます。結果を考えずに衝動的に行動してしまうことで、締め切りや約束を守れないという時間管理の問題にもつながります。
このような特性を持つ方に対して「今を生きることがあなたの長所だ」と伝えることは、問題をさらに悪化させるだけです。
海外の専門家も陥る誤り
興味深いことに、この「今ここ主義の推奨」は海外の専門家の間でも見られる傾向です。マインドフルネスの流行と相まって、「ADHDの特性を長所として捉えよう」という善意のアプローチが、かえって当事者を苦しめる結果となっています。
「今を楽しむ」文化が生む刺激中毒
YouTubeが映し出す現代人の欲求
現代社会において、人々が求めているのは「刺激」です。
ある起業家の実験結果が、この傾向を如実に示しています。教育的な動画は1週間で100回程度の再生数でしたが、旅の動画はわずか2日で500回の再生を記録しました。実に5倍もの差です。
キャンプ動画や釣り動画がアクセス数を稼ぐのも同じ理由です。視聴者は「今を楽しむこと」を求めており、真面目な学びや成長のための情報には反応しないのです。
刺激中毒とADHD
ADHD特性を持つ方は、特にこの「刺激中毒」に陥りやすい傾向があります。瞬間的な快楽を追い求めることで長期的な視点や計画性を失い、本当の問題と向き合えなくなってしまうのです。
「今を楽しむ人」として生きることは、一見自由で魅力的に見えますが、実際には社会生活をより困難にするだけです。
自分視点から抜け出せない問題
客観性の欠如
ADHDの方と接してみると、多くの方に共通する課題が見えてきます。
「あなたのお客さんはどんな人ですか?」という質問に対して、ほとんどの方が「自分と同じような人」としか答えられません。
これは客観性の欠如を如実に示しています。自分の喜びにしか意識が向いておらず、相手の立場から物事を見るという視点が育っていないのです。
二つのタイプ:のび太とジャイアン
自分に意識が偏っている人は、大きく二つのタイプに分けられます。
**のび太タイプ(自信がない)**は、「どうすれば怒られずに済むだろうか」「自分が傷つかないようにするには」と常に考えています。一見気遣いがあるように見えますが、実際には自分の安全しか考えていません。
**ジャイアンタイプ(支配的)**は、「どうすれば俺様の言うことを聞くんだろう」「どうすれば自分が勝てるか」と周りを自分の思い通りにしないと気が済まない思考パターンを持っています。
一見正反対に見えますが、自分のメリットにしか意識が向いていないという点では全く同じです。
心理療法の落とし穴
「自分らしく生きる」が逆効果になるとき
多くの心理療法は「自分自身と向き合う」ことを基本としています。しかし、既に自分のことしか考えていない人に対して、さらに自分に意識を向けさせることは、問題を増幅させるだけです。
「自分らしく生きましょう」「ありのままのあなたでいい」というアプローチは、本来は自己肯定感が低く、他人の評価ばかり気にしている人々に対して有効なメッセージです。
ところが、これを誰彼構わず適用してしまうと、既に自己中心的な人々に対して「そのままの自己中心性でいいんだ」というお墨付きを与えることになってしまいます。
ADHDに本当に必要なアプローチ
ADHDの方に必要なのは、相手の立場に立つ訓練です。エンプティチェア(空椅子技法)のような相手の視点を体験するトレーニングや、「目の前の人にどうすれば喜んでもらえるか」という視点を持つこと、そして自分以外の人々に対するリターン性を意識することが重要です。
これらは、「今ここに生きる」こととは真逆のアプローチです。
相手の立場に立つことの本質的な難しさ
思いやりと客観性は別物
「相手の立場に立つ」ということは、多くの人が思っているよりもはるかに難しいスキルです。思いやりがあることや、相手を気遣おうという気持ちを持つことと、実際に相手の立場に立てることは全く別の話です。
相手の立場に立つとは、相手が何を感じ、何を考えているのか理解すること、相手の目線から見たら自分はどう映っているか想像すること、そして相手はどのような動機や目的でその発言をしているのか考えることを意味します。
自分視点でしか物事を見られない人は、どれだけ「気遣おう」と思っても、この領域には到達できません。
訓練が必要なスキル
メンタル業界に入ってくる人の中にも、エンプティチェアをやらないと相手の立場に立てないという人がかなりの割合でいます。
これは思いやりがないという意味ではなく、単純に相手の視点から物事を見るという能力が未発達なのです。
大人であれば本来できて当然のことですが、精神的な成長が止まってしまっている人には極めて困難な課題となります。
価値観の狭さという現代病
情報過多が生む逆説
現代社会では情報が溢れています。だから人々の価値観は広がるはず――そう思われがちですが、実際には正反対のことが起こっています。
一人ひとりが認知できる価値観の幅は、昔と大して変わっていません。むしろ情報が大量に流入することで、人々は自分が受け取れる分だけを選択的にピックアップし、それ以外はシャットアウトするようになりました。
まるでザルで情報をふるいにかけるように、自分の既存の価値観に合致する情報だけを受け入れ、それ以外は排除してしまうのです。
ADHDと価値観の狭さ
ADHD特性を持つ方は、この傾向がさらに顕著になる場合があります。興味のある情報には過集中するが、それ以外は完全にスルーしてしまう。自分の体験や感覚が全てのベースになり、他者の視点を想像しにくい。そして新しい価値観を受け入れることへの抵抗感が強くなります。
価値観を広げるためには、自分の快適圏から出て、様々な世界を見る必要があります。しかし、ADHDの特性上、これが非常に困難な課題となるのです。
本当に必要な視点:未来と他者への意識
「今ここ」の逆を目指す
ADHDの方に本当に必要なのは、「今ここに生きる」ことではありません。むしろその逆です。過去から学び、失敗のパターンを分析して次に活かすこと。未来を見据え、行動の結果を想像して計画を立てること。他者の視点を持ち、相手がどう感じるかを考えること。そして多角的な価値観を持ち、自分以外の物差しを理解することが求められます。
これらは全て、「今この瞬間」から意識を離し、より広い時間軸と視野で物事を捉えることを意味します。
起業の例から学ぶ
若い世代が持つ起業のイメージは、「今を楽しむ」価値観に強く影響されています。
「起業したら美味しいもの食べられるんでしょ」「毎日豪華な料理が食べられて、旅もできる」といった期待――これは完全に自分本位の発想です。
ビジネスの本質は「顧客に価値を提供すること」です。つまり、相手の立場に立ち、相手が何を求めているかを理解し、それに応える能力が必要なのです。
ADHDの方が社会で成功するためにも、この「他者視点」は不可欠なスキルです。
経営者とサラリーマンの違い
興味深いことに、経営者の方がサラリーマンよりも価値観が広い傾向があります。これは経営者が様々な人々と接し、多様な問題に対処する必要があるためです。一方、サラリーマンは組織の中の限定された役割を果たすため、価値観が狭くなりやすいのです。
しかし、皮肉なことに、価値観が広い人はサラリーマンとして組織に適応することが難しくなります。「右向け右」と言われても「こういう見方もありますよ」「こういうやり方もありますよ」と言ってしまうからです。
ゲシュタルト療法の創始者フリッツ・パールズの孫である桃田さんのような、本当に価値観が広い人物は、絶対にサラリーマンとしては生きていけません。柔軟な発想を持ち、様々な視点から物事を見ることができる人ほど、組織の硬直性とは相容れないのです。
心が疲れる本当の原因
心が疲れる原因は何でしょうか。多くの人は「嫌なことをしているから」と答えます。しかし、これは表面的な理解に過ぎません。
嫌なことをしているということは、自分が同意できないことをやっているということです。つまり、自分の心の一部を切り離してしまっているのです。自分の行動を自分でコントロールできなくなってくると、さらに問題は深刻化します。これは自分の主人格の中にその行動や反応が取り込みきれていないからです。
ADHDの人の中に「思った通りにできない」という人が多いのも、この人格統合の失敗が一因となっている場合があります。計画性がなく今しか見ていないという特性もありますが、人によっては休みの日に暴食してしまったり、買い物依存症で金がなくなるまで買ってしまうという症状も、人格統合の問題である可能性があるのです。
もう一つの疲れの原因は、親や社会の禁止命令を自分の中に取り込んでしまっていることです。「こうでなければいけない」「こうあってはならない」という、自分が作ったわけではない価値観を、あたかも自分のもののように受け入れてしまっているのです。これは親や社会から注入されたものであることが多く、これを切り離す必要があります。
ただし、ADHDの人々に対して、この心の一部を取り戻すアプローチや親や社会の価値観を切り離すアプローチはやりすぎない方が良いでしょう。なぜなら、彼らはそもそも自分に意識が向きすぎているから問題が起こっているからです。自分に意識が向いている人に対して、さらに自分の心を取り戻すとか、他人から受け入れたものを切り離すということばかり言っても、おかしくなってしまいます。
目の前の人を喜ばせることの難しさ
自分に偏りすぎている人に対して「どんな人の役に立ちたいですか」と質問しても、ほとんどの人は答えられません。自分の絵が好きな人がお客さんになってくれたら嬉しいです、というような自分目線の答えしか出てきません。
このような人に対しては、過去に周りから求められてうまくいったことを振り返ってもらい、「それがあなたの成功体験なので、そういうことを求めている人を対象にしましょう」という流れにする方が現実的です。
ところが、そうすると「ワクワクしません」と言い始めるのです。ワクワクは何のためにするのか。それは自分が喜ぶためです。そればかり考えているから今の現状があるわけです。周りの人が喜んでもワクワクしないのであれば、芸術家として腹を括るしかありません。本当に自分のことしか考えず、売れなくても描き続ける覚悟を持つしかないのです。
相手の立場に立てない人は、小学生が夢を語る時と同じレベルにいます。「パイロットになりたい」という子供に「お客様を安全に目的地まで送り届けたいからですか」と聞いても、そういう理由で夢を持っている子供はいません。ただ「かっこいいから」という自分本位の理由なのです。
ADHDの人が起業について語る時も同じです。彼らに「どんな人の役に立ちたいか」と聞いても答えられません。なぜなら、多角的な幸福感がないからです。「私も幸福、あなたも幸福、この人も幸福」という感覚が持てないのです。
それができる人は、相手の立場に立って「この人も幸福だな」と思えます。そして、この人が幸福になることが自分にとっても嬉しいと感じられるから、素直にそう言えるのです。しかし、多くの人にとって、これは非常に難しいことなのです。
ペルソナ設定の無意味さ
マーケティングでよく言われる「ペルソナ設定」も、自分に意識が偏っている人には無意味です。彼らは本当に自分のことしか考えたことがないからです。周りの人が喜ぶことと自分が喜ぶことは別物だと感じているのです。
このような状態でビジネスを成功させようとすると、三つの道しかありません。一つは本当に利己的になって、周りの人を不幸にするビジネスモデルになるか。二つ目は芸術肌でたまたま拾ってくれる人に頼るモデルになるか。三つ目は目の前の人に喜んでもらうことを地道に続けるか、です。
自分のことしか考えていない人と一緒に住んでいる人は、おそらく非常にイライラするでしょう。客観性がなさすぎて、コミュニケーションが成立しないからです。
教育の限界と価値観の不変性
ここまで見てきたように、価値観の教育は極めて困難です。「あなたの価値観はそれではまずい、本当はこうしなければダメです」という教育的アプローチは、ほとんどの場合失敗します。
なぜなら、人は経験したことがないことに対してありがたみを感じないという特性があるからです。父親が説教する内容に「めんどくさい」と思ってしまうのは、説教する内容にありがたみを感じられないからです。「勉強しないと大変なことになるぞ」と言われても、勉強しなかったことで理不尽な目に遭った経験がなければ、「もっと勉強しておけばよかった」とは思えないのです。
また、意識が成長しない人は、自分目線でしかものを見られません。多くの人が「見方を変える」と言う時、それは物事の解釈を変えるという意味であり、自分目線で見ていることには変わりありません。本当の意味で見方を変えるというのは、相手の立ち位置に立って物事を見ることなのです。
エンプティチェア(空の椅子)の技法は、まさにこのために存在します。実際に相手の椅子に座って、相手の立場から自分を見る。しかし、精神的に幼い人ほど、これができません。メンタル業界に入ってくる人のかなりの割合が、エンプティチェアをガチでやらないと相手の立場に立てないのです。
成功している教育モデルとは、教育しないモデルです。元々成長意識を向けている人は、そもそもそのようなことに興味を持っています。その人たちが興味を持っていることに対して、こちらが興味を持ってあげるだけなのです。その人たちが潜在的に思っていることを言語化してあげるだけです。
「ここに興味を持っていらっしゃる方は、そもそもこういうことに興味を持っていらっしゃる方ですよね」という風にするだけで、教育しようとはしないのです。教育しようとすると失敗します。価値観を変えようとするのではなく、既にその価値観を持っている人に集まってもらうのです。
まとめ:ADHDだからこそ意識すべきこと
避けるべきアドバイス
「今を楽しむことがあなたの長所」「もっと今ここに集中しましょう」「ありのままのあなたでいい」といったアドバイスは、成長の必要性を否定する文脈で使われる場合、ADHDの課題をさらに悪化させる可能性があります。
目指すべき方向性
時間軸の拡大として、今だけでなく過去と未来を意識すること。他者視点の獲得として、相手の立場から物事を見る訓練を積むこと。価値観の拡大として、自分以外の物差しを理解する努力をすること。そして計画性の向上として、衝動ではなく結果を考えて行動することが重要です。
最後に
「今を生きる」というメッセージは、確かに魅力的です。しかし、ADHDの特性を考えると、これは必ずしも適切なアドバイスではありません。
大切なのは、自分の課題を正しく認識し、本当に必要な成長の方向性を見定めることです。それは時に、世間で流行している価値観とは真逆の方向かもしれません。
しかし、その困難な道こそが、ADHDの方が社会で充実した生活を送るための、本当の近道なのです。
関連記事として、ADHD当事者が直面する社会生活の課題、相手の立場に立つスキルを身につける方法、価値観を広げるための具体的なステップなどもご参考ください。


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